
1971年、神奈川県生まれ。1999年、早稲田大学修士課程(建築学専攻)修了。1999~2001年、日本女子大学住居学科専任助手、2004年同大学博士課程修了。学術博士。2005年4月よりドイツのドレスデン在住。活動範囲は、建築およびその周辺の取材・執筆、翻訳、ピアノ伴奏
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ドイツの顔とドレスデンの顔の両方を、なぜ外国人である(後者にいたっては爆撃の張本人の)イギリス人のノーマン・フォスター卿が手がけることになったのか。
初めてドレスデンを訪れたのが2001年の冬。中央駅横にそびえるマンションの15階の部屋から改修工事中の中央駅を撮影。そして翌年も同じように訪れて同じ場所から撮影した。あまり変わっていない。そして2006年の夏、建都800年祭にあわせるかのように一応完成をみた中央駅はオープニングのセレモニーが盛大に行われた。フォスターここにあり、てっぺんにはベルリンのライヒスターク(議事堂)と同じようにガラスのドームがのっている。
ドレスデン中央駅が建設され始めたのが1892年、オープンが1898年。第二次世界大戦のドレスデン爆撃の時に被害を受け、2000年から改修がはじめられてめでたく2006年完成したが、実のところ南側はいまだ工事中である。
サグラダファミリエかドレスデン中央駅か、というくらい工事は永遠に続くように思われた。改修工事の初期に張られた、ホームを覆う白い屋根シートは変色し、完成前に破損した。当然取り替えることになったのだがメーカーがすでに倒産しており、すったもんだの末なんとか張替えられた。トドメは、あの屋根シートを見た市民は工事現場の保護シートと勘違いをして「いつあのシートは取り外されるんでしょう?」。それ、仕上げです。
アイボリーホワイトのコンコースとガラスのドームがお目見えしてドレスデンの表玄関が整ったことに市民たちは安心し、オープン直後は天井を見上げる人たちで混みあっていた。「リノベーションは上手」と言われるフォスターだが、コンコースに一歩足を踏み入れるとそのノーブルな空間に包まれてどこか心がすっきりとする、さすが。
ふと感じたこと。建築に自身の存在を刻み付けたいという欲望は古今東西変わらないのかもしれない。黒川紀章の三角錐、フォスターのガラスのドーム、例えば。
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