有馬裕之(ありま ひろゆき)

1956年、鹿児島県生まれ。京都工芸繊維大学卒業後、1990年、有馬裕之+Urban Fourthを設立。 主な作品に 「MA」「太宰府の住宅」「introspective」「ab」「second plate」「studio D」「M/異化された場」。 現在、コンセプトプログラム「earth lounge」を進行させている。

Jul 03 2007

田舎に行こう

この前ある編集者と食事していて「実は、感覚的にパラディアンなんだ。」と話したら、
「そうでしょうね。」とあっさりと切り返された。
見抜かれていたか…!
エディターとしての客観的な目の方がより冷静に見通しているのだろう。
ロンバルディア平原は、畑の続く田舎の風景だ。
数時間移動しても時々町はあるが主には田園の連続。
そのような中を移動してパラディオのRotondaを見る機会を得た時に
「田舎に夢の空間を」という演出を感じたのと同時に、
普通では書割にしか見えないその騙し絵的手法を悠々と自分のものにして空間を屹立させていることに驚いた。
田舎には存在しない「異質なもの」による、距離/時間を扱い場を構成する手法。
古典/復興という流れの中で、「シナリオ」と「空間」が作家によって
一体化されていて舞台となっていて、私はそこに出演者のように迎え入れられた。
パラディオの作った手法が、コピーされ様々な方法に発展したことは自明だ。
そしてそれは「田舎」を単純にバナキュラーな場では無く開放性を獲得する系として考えたところに意味があるように思う。

フィンランドでも同じような感触を味わったことがある。
この国は車で移動している時は「湖が多いな」と思う程度の感想だが、
空から観察すると印象が違う。湖と森が同面積に感じる。
岩盤が氷河に削られ、その後に出来た湖が無数にあってその間に森があるということがわかる。
人が住むには極めて厳しい。
そんな中、ある日、針葉樹林の中の道をひたすら走ってヘルシンキから数時間の北上をした。
まっすぐに延びた道。深い森の中。湖に囲まれた島の中にあるセイナッツアロの役場に着いた。
「この建物内のドアは全て開けられています。」と役場スタッフから迎えられた。
メインエントランスのドアは木製で住宅の玄関のようだ。
廻りは木立に囲まれ、静寂が満ちている。その中にアアルトの「作為」の建物が突然建っている。
都市を遠く離れ、周辺に何も無く人口も少ないこの寒村。
煉瓦と木で出来たこの空間が舞台のように迎えてくれる。待ち受ける舞台。
私は参加させられ、出演し、なにかのパフォーマンスを求められているように感じた。
田舎/厳しい自然/切り離された空間/連続と自立/煉瓦の使用/木の組み方/ハイサイドライトからの光…遠くドライブして来た疲れを忘れさせ てくれる。
この田舎で、空間は都市を雛形に配置され、L型に歪められ、私は歩かされ、目の前のディテールは
模倣を語り、そしてマルチに開放されている。


セイナッツアロ1-2.jpg   セイナッツアロ2.jpg


4:34 PM

コメント

なるほど、ロトンダとセイナッツァロを、自然との対峙性、人工性、劇的空間性で比較したことはありませんでした。集中形式と旋回性、構造的様式美とマテリアリズム、といった視点からは対極に感じられるものです。個人的には、ロトンダは修復中で外観を拝んだのみ、フィンランドは未踏です。双方をしっかり見比べる旅ができたら、いいでしょうね。
この系譜でいくと、例えばアスプルンドの「森の礼拝堂」も、訪れる者にある種の演劇的振る舞いを求めるのではないでしょうか。森林の木立の中で、内省と開放を同時に感じさせる装置かもしれません。

投稿者 D : October 17, 2007 11:33 PM




保存しますか?