有馬裕之(ありま ひろゆき)

1956年、鹿児島県生まれ。京都工芸繊維大学卒業後、1990年、有馬裕之+Urban Fourthを設立。 主な作品に 「MA」「太宰府の住宅」「introspective」「ab」「second plate」「studio D」「M/異化された場」。 現在、コンセプトプログラム「earth lounge」を進行させている。

Mar 03 2007

残余

先ほど迄、久しぶりに自分のベッドに横たわっていた。
しばらくあちこち渡り歩いて来た。
身体は静止しているのに感覚の中で流動感が止まらない。
その余韻を残し、眠りに落ちふと目覚めた。
何時頃だろうか?
空は暗い。天井を見上げ、ここが何処であるかを思い起こす。
「旅」は途中のまま…意識の中に残っている。

泊まっている街のホテルの部屋で、
深夜、ふと目覚めた時に自分が何処に居るのか分からなくなる事がある。
短い旅/長い旅に関わらず…同じ事が時々起きる。
ホテルの部屋は何処もほぼ同じで個別感が無い…理由は自明だ。
現実の街が外にあり、しかし、部屋内に隔離されて浮遊して残されて居る。
旅先で、街と切り離された部屋で、喧騒の街に静寂のまま。
その繰り返しだ。

開け放たれた窓を通して見ると空に下限の月が静かにある。
庭の木立の暗がりの向こうに連なる街。その中にわずかに見える街の灯。
この深い闇の中でそれぞれ切り離されて同じ今を過ごしている人が居る。
静寂と孤独…。
エドワード・ホッパーのナイト・ホークスを見る時に感じる同じ感覚だ。
ここで描かれているのは、静寂の夜の孤独感を描いた美しいセッション。
ある精神科医が「もし、天才ダヴィンチのモナリザを進呈すると言われても
どうせならエドワード・ホッパーの絵を所望したいと言うだろう。」と話していた。
静寂と孤独を託すには確かにダヴィンチでは無くホッパーだろうと思う。
天才肌でもなく全く技巧的ではない、しかし、彼の創造からは促される共感がある。
「答」を探すのは自分自身でなければならない。


ナイトホーク2.jpg


深夜のレストラン。4人の夜更かしする人物。
時が止まっている。
それぞれが抱える現実があって、冷たい光の中で同じ空間に居る。
フラットのリレーの中にある都市の中で、共有される場の中に居ても
孤独を引きずり、コミュニケーションの瞬間を待つ人々。
私は観察者として夜の闇に身を潜め、その陰影の中から息を潜めて
この場面から想像力を喚起させるのみだ。
普段は見向きもされない残余のような情景を
ホッパーは1/1/1/1/…と観察しつつ想像しなさいとささやきかけている。
これは、大竹伸朗のペインティングにも通じるものだ。
残され捨てられる運命のどうでもいい膨大なもの達に対する目線/愛情/想像/再生/復活。
忘れられた風景/記憶を思い起こす瞬間が味わえる。

さて
空はすでに薄いグレーブルーになりつつある。
夜が明ける。
まだ残る街の灯を見ながら再びベッドに横たわり、
しばらくぶりの朝のうたた寝をホッパーの絵を夢見ながら味わう。



空.JPG


6:15 AM

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