
本名、内野正樹(うちの まさき)。1960年静岡県生まれ。82年に編集者となって以来、雑誌一筋。88年より建築の世界に入る。05年4月、DETAIL JAPANを創刊。現在、同誌編集・発行人
昨日の「続き」です。別冊の文章と一部ダブっています。
溝口の「手法」
JLG 『東京行進曲』にはフラッシュバックがありましたね。男が運命の女性との出会いの時を思い出すシーンですが、ほほえましいもので……。オーバーラップでいうと、『朝日は輝く』(一九二九)でもやっていました。あの頃のはやりだったのでしょうか。『朝日』は、大阪朝日の社屋の電光掲示板にタイトルを流すという粋な始まりで、ボートなどの乗り物を使って現場に急行するシーンの、躍動する運動感は新鮮でした。共同監督での作品ということになっていますが、『滝の白糸』(一九三三)の冒頭の裸馬のシーンの躍動感などからすると、あのシーンも溝口によるものなのかもしれませんね。あの躍動感は戦後の溝口からはなかなか想像できないものですが。あと『朝日』では、社内で記者たちが忙しく立ち働くのを移動で撮っているのも印象的ですね。
『祇園の姉妹』はその移動撮影で始まりますが、家のかなり奥深くまで移動した後にカメラがパンをする。と同時に、オーバーラップして、そこで聞こえていた声がそのまま響く別の部屋へとカットが移る。あるいは、山田五十鈴が居候の志賀廼家弁慶について梅村蓉子に言った文句を次のまったく別の時間、別の空間のシーンの梅村が答えるといったことまでやっている。持続ということを意識しているのは間違いないですね。
DJ 今のお話でエリック・ロメールの映画をふと思い出しました。たぶん八〇年代の作品だったと思いますが、若い女の子二人の室内の会話シーンで、カットバックで彼女たちを交互に見せるときに、片方の台詞が終わらぬうちにもう片方のカットに変わって、決して流れを途切れさせないんですね。そしていよいよ会話が盛り上がってくると、じっとしていられなくなったカメラが彼女たちに徐々に近づいていく……。
JLG ロメールのそういったシーンというのはあたかもカメラが欲情しているかのようですよね。
話を溝口に戻すと、さきほどのパン=オーバーラップのカットの次に、弁慶が妻にお小言を言われて怒りふと近くまでタバコを買いに行くような気軽さで家を出ていってしまうのですが、この狭い路地を歩く弁慶をとらえたショットがとても生々しくて印象に残っています。
DJ 『祇園の姉妹』での弁慶という俳優の飄々としたいい加減さみたいなものは、ジャン・ルノワールのミシェル・シモンにも通じるのではないでしょうか。
JLG あるいは、ハワード・ホークスにおけるウォルター・ブレナンのようでもある。溝口は、弁慶という役者が面白くて使いすぎてしまった、なんていう話もしてますからね。
DJ さきほど持続ということを言われましたが、持続というと溝口の場合、自然に長回しを連想しますが、あの長回しというのは、「人間の心理を盛りあげていきたい」ということで自然に選ばれた手法なんだそうです。「一つの構図の動きの中で、人間の心理が盛りあがって来る。そいつを、カットして、ポツンと切るのがおしくなるんだ。そのまま、押せるだけ押していきたい」ということでああいう手法になったんだと、溝口は語っています。さらに、「永い間、サイレント映画の芝居から脱し切れなかったぼくは、あのころ、クローズアップによる心理描写から逃れようとして、いきおい、ああいう手法を」選んだんだとも。
JLG その通りだと思いますよ。最近の日本の映画でホテルだかを舞台にして長回しで撮られているショットをテレビでちらっと見たことがありますが、ああいったものとは対極的に、何ものかの生成が溝口の長回しにはあるわけですよね。決して奇をてらって選ばれた手法ではない。
DJ 長回しでちょっと驚いたことがあって、戦時中に撮られた『元禄忠臣蔵』(一九四一、一九四二)で、武家屋敷の外にあったカメラがクレーンで室内まで入って行くところなどは、カメラと一体化してほとんど疑似体験をしているような錯覚さえ受けましたし、あるいはどこのシーンだったか、武家屋敷を捉えたカメラがとてもゆっくりと動いて……。
JLG ああ、ありましたね。それはよく覚えていますが、『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(一九六八)のストローブ=ユイレは、あのカメラの動きを見て触発されさらに先鋭化したものを撮ったのでは?なんて考えてしまいますよね。
DJ すでに太平洋戦争に突入していた時期にじっくりと腰をすえて長回しなんてやっていた。しかも、最後のほうでは討ち入りの志士の恋物語を不意に挿入して盛り上げてしまう。相手は高峰美枝子でしたが、どうやって軍部のチェックをごまかしていたんでしょうか。