DJ内野

本名、内野正樹(うちの まさき)。1960年静岡県生まれ。82年に編集者となって以来、雑誌一筋。88年より建築の世界に入る。05年4月、DETAIL JAPANを創刊。現在、同誌編集・発行人

Oct 26 2007

成瀬『乱れる』、に心乱され・・・

成瀬巳喜男監督の『乱れる』を観た。『下妻物語』からちょうど30年前の東京オリンピック開催の年に公開された東宝映画である。サービス精神てんこ盛りの『下妻』に比べると、なんとも拍子抜けするほどの「刺激」の少なさである。

主演は高峰秀子と加山雄三。戦争で亡くなった夫の家の家業を、夫の死後にも家に残って切り盛りしてきた高峰に、その義弟である加山が密かに思いを寄せているという設定である。

家業というのは酒屋で、庶民が生活用品を購入するいちばんの大きな手立てであった小売店がスーパーの出現で駆逐され始めていくという時代である(途中で、スーパーのせいですっかり売上げの減ったある小売店主が「スッと出てパッとなくなると思ったんだがなあ」と駄洒落を飛ばしながら嘆く場面がある)。

前半は地方都市でのそんな商店街での日常の描写が続くのだが、ある時、加山は抑えきることができずに自らの思いを高峰にぶちまける。すると、(売上げ減を苦にしたある小売店主の自殺などのエピソードはあるものの)変哲のない日常を淡々と描いていたかに見えた映画が一変する。

高峰は加山を拒みつつも、彼が不在のときには彼の姿を追い求め、彼が近くにいるときは息苦しくて耐えられないという状況に陥ってしまう(このあたり、フランソワ・トリュフォーの『隣の女』中のせりふ「ni sans toi, ni avec toi(あなたなしでは生きていけない、あたがいても生きていけない)」を想起させる)。

それまで、観るに退屈な――『下妻』とか刺激の多い映像を見慣れた人間にはなおさら――日常が映し出されていた画面が、高峰の、そして加山の人前では露にすることのできない激しい情動が乗り移って、見違えるほどの強度をもち始める(このあたり、高峰の感情の起伏を抑制した調子で描き切る成瀬の演出は絶妙だ)。

当然、「アプレゲール」の加山に対し、戦前の倫理観を引きずって抜け出すことのできない高峰は家を出て行くことになる。そしてこのあとにクライマックスが訪れ、映画は、加山を追って走り続けたあとに放心して立ちつくす高峰のクローズアップで終わる。このカットがものすごい。観るものは、その放心した高峰の表情からはもはや彼女の心のうちを読み取ることはできない。そこには、ただただ、「映画」が露呈するのみなのである。

(この映画での加山にアラン・ドロンが重なって見えるカットがいくつかあった。ドロンはこのころ、最高に乗っていた時期で人気も高かったんだろうと思うが、気のせいだろうか?)

10:36 AM

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