福田Noennig陽子(ふくだ ネニッグ ようこ)

1971年、神奈川県生まれ。1999年、早稲田大学修士課程(建築学専攻)修了。1999~2001年、日本女子大学住居学科専任助手、2004年同大学博士課程修了。学術博士。2005年4月よりドイツのドレスデン在住。活動範囲は、建築およびその周辺の取材・執筆、翻訳、ピアノ伴奏
WEBアドレス:http://yoyodiary.blog.shinobi.jp/

10 29 2007

ドレスデン再建狂騒曲

no.8 QF.JPG

ただ元通りに昔あった通りに再建すりゃいいんかい?とヤケクソなコトを言いたくなる。
国際見本市の取材のため、先日イタリアのとある都市に滞在した折には、今回に限って関係者である英国人男性とのふれあいが多かった。女性一人がうろうろしていればそういうこともあろう。もっとも、「現在はドイツのドレスデンに住んでいます」と告げると彼らは一瞬凍結する。レストランの隣席にいた男性はまくしたてた。「日本には美味しいものが沢山あるのに、ドイツなんてメシのマズイ国によく住むね!」…オタクよりもマシだと聞いたんですが。「え、ドレスデン?戦争で真っ平になったんだよ」…英国軍の無差別爆撃なんですが。「あの街は古くみえるけど全て新しいのさ」…メッタメタにしてくれた英国に対する意地ですよ。
2006年の建都800年を目指して街中ほっくり返して整備し、聖母教会はじめ爆撃後空き地になっていた場所を埋めるような再建工事は現在も続いている。聖母教会周辺は広大な空き地になっていたが、以前の街区割に忠実に、外観は昔をなんとなく再現しながらもモダンな建物が建ちつつある。その先頭を切ったのが、ホテルや店舗や事務所などの複合施設QF(Quartier am Frauenkirche)だった。これは聖母教会を取巻く一区画の1つで、小規模ながら表参道ヒルズのドレスデン版。QF完成以前は、アウグスト橋のたもとから、爆撃を奇跡的に生き延びた長さ101mの壁画「君主の行列」沿いに見通すと、その先に聖母教会が望めた。しかし、爆撃以前の街並みを取り返すことに躍起になっていたドレスデン市は以前の街区割通りに何かを建てることに迷いがなかった。その結果、壮大な壁画沿いの通りの向こうにすぅっとみえていた聖母教会の下部はぶった切られ、視界が通らなくなった。フィレンツェのドゥオモに通じる道に立つと、通りが切れた先にあの色大理石の壁面が見え、目線を上げるとクーポラがぽっかりと見える…あの視線の通り方は参考にはならなかったのだろうか。
再建って何だろうか、とドレスデンに来てからよく疑問に思う。おフランスの現在のパリだって、19世紀のオースマンによる大改造で作り上げられたものではないのか。爆撃に恨み辛みがあるとはいえ、QF街区をそのまま石畳を敷いた周辺広場にしておき、爆撃の産物であるこの視線の通り方を「新しいドレスデン」として肯定することもできたのではないだろうか。
以上、以前夫や友人と議論したことをイタリアで会ったイギリス人の一言で思い出し、つらりと書いてみた。

07:48

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